あすなろ研究奨励金
英語名称 : ASUNARO Grant
概要
理工学に関する基礎・基盤的研究(理学分野の研究だけではなく、成熟した工学分野における地道な研究や、流行にとらわれず長期的視点に立って新しい可能性に挑戦する研究、独創的であっても研究費が取りにくい工学分野の研究を含む。)における研究者に対して、研究費支援を行うものです。
本支援設立の背景
浅野康一名誉教授は、多成分系の精密分離を研究し、極低温域を含む広い温度域に適用できる多成分系蒸留の理論体系を構築されました。また、癌検査に広く利用されているPET法の診断薬原料である「酸素18標識水」の製造プラントの開発に成功した実績をお持ちです。
「地道な基礎研究に対し長く研究費を措置いただいたことで、自身の研究が花開いたことから、これに感謝し、後進育成のため基礎研究の支援に充ててほしい」との浅野名誉教授の思いから、研究成果による収益の一部を寄附いただいたことを受け、本奨励金が設立されました。
2024年度の募集要項【学内限定】
2023年度の支援採択者
本支援は2021年度に開始し、第3回目となる今回は、5名が採択されました。
所属 | 職名 | 氏名 | 研究課題名 |
---|---|---|---|
理学院 物理学系 |
助教 | 家永 紘一郎 | 超伝導磁束量子のフロー構造制御による熱電トレードオフの打破 |
理学院 化学系 |
助教 | 平田 圭祐 | 先端分子分光学の開拓によるクラウンエーテルのイオン選択性の原理の解明 |
物質理工学院 材料系 |
助教 | 山口 晃 | 電位ステップ法による金属硫化物上での二酸化炭素からの炭素-炭素結合生成の誘起 |
生命理工学院 生命理工学系 |
助教 | 永嶌 鮎美 | 母子間における栄養輸送機構の分子メカニズムの探索とその比較進化学的解析 |
科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 |
助教 | 盛田 大輝 | 未知アレニリデン種の探求と新奇分子変換法の開拓 |
採択者の研究概要
<家永助教>
持続可能社会の実現に向けて、排熱利用のための熱電変換素子の開発が進められています。出力電力の向上を妨げる一因となっているのが、温度差によって生じる熱起電力が高い物質ほど電気伝導度が低いという逆相関(トレードオフ)の問題です。類似した逆相関は電子だけでなく熱電効果を引き起こす粒子全般に存在します。そこで本研究では、粒子の密度やフロー構造といったパラメータを同一の物質内で自在に制御することで、熱起電力と移動度の積を最大化する条件を探る実験を行います。実験対象として超伝導体の中に存在する磁束量子と呼ばれるナノ粒子を用いることで、外部磁場による粒子密度の制御が可能です。さらにこれまでの研究で、液体のように無秩序なフローから固体のように格子を組んだフローに至るまでの自在制御を確立させています。今後は、これらの制御パラメータと熱起電力や移動度の関係を明らかにすることで、出力電力の向上に対して基礎的な見地から貢献します。
<平田助教>
分子の中にはある特定のイオンと特異的に結合するものが存在し、なぜそのようなイオン認識能が発現するのか注目されています。クラウンエーテル(CE)はイオン認識を示すドーナツ状の分子で、ドーナツの空孔にイオンを閉じ込めることができます。これまで、イオンの大きさがCEの空孔の大きさと合致したとき、イオンとCEの結合エネルギーが最大となり選択性が発現すると考えられてきました。しかし、CEとの(真空中での)結合エネルギーが大きいにも関わらず、水溶液中でのCEとの錯形成定数が小さくなるイオンが報告されており、従来の理解の枠組みを超えた新たな理論を構築することが求められています。そこで本研究では、これまで軽視されてきた水分子による錯形成の阻害効果に着目し、先駆的な赤外分光法を用いてクラウンエーテルのイオン選択性の原理を再構築することを目指します。
<山口助教>
持続可能な社会の構築に向け、二酸化炭素を還元し有用物質を生み出す反応は、環境・エネルギーの観点から非常に重要な研究のトピックです。しかしながら、これまでの電気化学的二酸化炭素還元の研究では、生成物としてメタンや一酸化炭素などの炭素を1つだけ含む化合物が得られる例が多く、より付加価値の高い、炭素を2つ以上含む化合物が得られる反応は非常に限られています。私達はこの反応を効率的に進行させるべく、金属硫化物に着目した電極触媒の開発を行っています。金属硫化物は金属に加え、硫黄も電子状態を柔軟に変化させることができるという特徴があります。こちらの特徴を活かすために、本研究では、電位を交互に与えるという電位ステップ法を適用します。これにより、反応の駆動のために定電位を加えていた既往の研究よりも、より効率的に反応化学種の電子状態を変化させ、炭素―炭素結合を生成可能であることを期待しています。
<永嶌助教>
発生過程の胚への栄養供給法は、脊椎動物の進化の過程で変化してきました。その様式としては主に、卵黄から血管を介して栄養を供給する「卵黄依存型」、および胎盤などを介する「母体依存型」があります。私は、これらの栄養供給において重要な機能を有する化学感覚受容体や膜輸送体の同定、およびそれらの種や繁殖様式を越えた共通性や変化に着目しています。今回の研究申請では、栄養源として豊富な卵黄を蓄積させる生物種において、卵母細胞の恒常性を保つために水や電解質濃度を適切に維持する輸送体の解明を目指します。具体的には、魚類、両生類、爬虫類の卵巣に共通に発現する輸送体に着目し、局在と輸送特性の解析からその機能を明らかにします。長期的には解析対象の生物種を広げ、胚発生における物質輸送の仕組みを比較することで脊椎動物の多様な生存戦略を分子レベルで理解したいと考えています。
<盛田助教>
炭酸プロパルギルエステルは、入手容易な原料から容易に調製可能な反応剤であり、有機合成化学において広く用いられています。パラジウム触媒による炭酸プロパルギルエステルの分子変換法は、約40年前の報告に端を発し、今日に至るまで精力的に研究されてきました。その成果として、現在では求核剤との反応メカニズムが体系的に理解されています。一方、私はアザボリンと呼ばれる含ホウ素化合物を対象とした合成研究に取り組む中で、既存の知識体系では捉え難い分子変換反応を見出し、そのメカニズムを合理的に説明し得る鍵活性種として、これまでに報告のないアレニリデン種を提唱するに至りました。そこで本研究では、この未知アレニリデン種について基礎的な知見を蓄積させ、さらに本活性種を用いた不斉合成反応や、種々の新奇合成反応の開発に挑戦します。これらの検討を通して本活性種の理解に迫りつつ、その合成化学的な有用性を顕在化させます。
支援決定通知書授与式
令和5年6月23日、支援決定通知書授与式が行われました。授与式には、採択者5名と、浅野名誉教授、益一哉学長、渡辺治理事・副学長(研究担当)、研究・産学連携本部研究戦略部門(上席URA)新田部門長が出席されました。
式では、採択者それぞれの研究内容紹介と懇談が行なわれ、活発な意見交換がなされました。学長と浅野名誉教授より、今後の研究の発展に期待するとの挨拶がありました。