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抗体を代替する小型標的結合タンパク質の創製とがん治療への応用
生命理工学院 テニュアトラック助教 門之園 哲哉

抗体医薬品は、がんなどの疾患に関連する分子(抗原)に特異的に結合する抗体を利用し、生体内の免疫反応を利用して抗原を無毒化するバイオ医薬品です。抗体医薬品は従来の医薬品と比べて治療効果が高いものも多く、また、特異性が高く副作用が少ないことから、画期的治療薬として世界中で開発が進められています。しかし、抗体は複雑な構造と大きな分子量を持つため化学合成できず、組織浸透性が低いため投与量が多いことから、治療費が非常に高額になっており、抗体医薬品と同等の活性を持つ小型分子の開発が望まれています。

抗体医薬品の代替として、分子量が小さく化学合成が可能で、標的結合性を有するペプチド医薬品の開発が期待されています。しかし、これまでに抗体の抗原結合配列から取り出した抗原結合ペプチドや、ランダムペプチドライブラリーから取得された抗原結合ペプチドが多数報告されていますが、いずれのペプチドも抗体と比較すると結合力が弱く、医薬品として認可された分子はありません。そのため、この問題点を解決する新たなデザイン技術の開発が望まれています。

我々は、抗原結合ペプチドの結合力が弱い原因の1つとして、ペプチドの構造ゆらぎに注目しました。つまり、抗体構造中では抗原結合配列の構造ゆらぎは適切に抑制されていますが、この配列を直鎖ペプチドとして取り出すことにより、大きくゆらぐようになると考えられます。構造ゆらぎの増大は抗原との結合構造の不安定化を引き起こし、結果として結合力が弱くなると考えました。そこで、抗体の代わりとなる小型の足場タンパク質に抗原結合ペプチドを組み込み、ゆらぎを適切に抑制したところ、強い結合力と高い特異性を持つ分子を創出できることを見出しました。これまでに、抗体に匹敵する結合力を有する抗体代替小型タンパク質を効率よく創製するためのスクリーニング法やーパーコンピューターによる構造計算を駆使した足場小型タンパク質設計に関する基盤技術を確立しています。これらの基盤技術を基に、乳がんマーカーHER2を標的とする抗体医薬品からHER2陽性がん細胞を検出できる小型標的結合タンパク質の創出にも成功しました(図1)。現在、これらの技術をさらに高度化し、二つの異なる抗原に結合して強力に抗腫瘍免疫を誘導する小型タンパク質の創製に取組んでいます。

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図1