特集詳細

繊維状ウイルスの階層的な集合化を利用した熱伝導性材料の創製
物質理工学院 応用化学系 助教 澤田 敏樹

近年の電気・電子機器の小型化や高集積化に伴う発熱密度の向上により、より効率的に放熱させる材料の双性必須となっている。硬い材料からなる発熱部と放熱部を密着させて効果的に放熱するには、電気絶縁性であり柔らかく加工性に優れる材料が必要であった。フィルムやコーティング剤として密着を図るには、柔らかい有機系高分子材料が有用であったが、金属やセラミックスと比較して熱伝導率は2〜3桁低い点が問題になっていた。そのため、簡便な手法で有機系高分子材料の熱伝導性を向上させる手法や原理が求められていた。

本研究では、高い熱伝導性をもつ有機系高分子材料の創製にあたり、生体由来の階層的な集合構造に着目した。無毒で繊維状構造をもつウイルスの一種であるM13ファージは、核酸の周りをタンパク質が規則的に集合化した高分子集合体であり、自身の繊維状構造に起因して液晶配向することが知られている。M13ファージを規則的に集合化させるため、分子が溶解した水溶液を乾燥させる際に水滴の端部分に分子が効率良く集積する「コーヒーリング効果」を利用し、M13ファージの水溶液を円形のスライドガラス上でただ乾燥させるだけで液晶性フィルムを構築した。特別な操作を施していないにも関わらず、フィルムの一部では毎秒0.63平方ミリメートルと、無機材料であるガラスに匹敵する極めて高い値を示した。この値は、無配向なウイルスフィルムと比較すると約10倍の値であり、ただウイルスを素材としてフィルムを作れば良い訳ではなく、効率良く液晶配向させながらフィルム化することが重要であることがわかった。小角X線散乱測定により構造を解析した結果、分子レベルの集合構造(パッキング)は同程度であったが、より広い範囲に渡って規則的に集合化させることが高熱伝導化に重要であることがわかった。今後は、ウイルスの集合化のさらなる制御による熱拡散率の向上に加え、それに基づく新しい熱伝導の機構解明に挑戦したいと考えている。

図
(a) 繊維状ウイルスM13ファージの模式図
(b) M13ファージフィルムの外観(直径1.5 cm)
(c) M13ファージが規則的に配向した集合体の側面図と上面図の模式図