鉄系最高温超伝導を実現する協奏的スピン揺らぎモデルの検証
科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所 助教 飯村 壮史
超伝導とは、ある臨界温度(Tc)以下において電気抵抗が完全にゼロになる現象です。鉄系超伝導体は銅酸化物系以来の高温超伝導体物質であり、2008年にLaFeAsO1−xFxにおいてTc = 26Kの超伝導が発表されて以降、世界中で盛んに研究が行われています。大気圧下でのTcはLaサイトをSmに置換することで56 Kまで向上し、銅酸化物系を除くと最も高い値となっています。REFeAsO (RE = La, Smなど希土類元素)は低温で反強磁性(AFM1)を示す半金属であり、酸化物イオン(O2−)をフッ化物イオン(F−)で置換し電子をドーピングすることでAFM1が消失し超伝導が発現します(図1(a))。しかし、フッ素は非常に安定な不純物(REOF)を形成し析出してしまうため高濃度のドーピングが困難で、過剰ドープ域の物性はもとより超伝導発現メカニズムの理解に必要な実験結果が全く得られていませんでした。
我々は、F−に代わる電子ドーパントとして水素のアニオン(H−)に着目し、従来よりも3-4倍量以上の電子ドーピングに成功し、REFeAsO1−xHxの電子相図を初めて明らかにしました(図1(b))。その結果、(1) La、Sm両系においてこれまで知られていたAFM1相に加え、過剰ドープ域 (x > 0.40-0.50)に第二反強磁性秩序(AFM2)と斜方晶相(Orth.2)が存在すること、(2) 二つのAFM相の間には他の系よりも倍以上も広い超伝導領域が広がっていること、(3) AFM2相中の鉄の磁気モーメントはAFM1相と比べ倍以上に大きく、磁気秩序や揺らぎの構造にも顕著な差異が見られることなど、鉄系高温超伝導体REFeAsOに特有の物性を次々と明らかにすることができました。
これらの結果をもとに我々は、REFeAsO系で最高のTcは2つのAFM相から生じる協奏した反強磁性スピンの揺らぎを介して生じる、という新たな超伝導発現モデルを提唱しています(図1(d))。今後は、中性子非弾性散乱という測定法を用いて鉄系最高温超伝導相下のスピン揺らぎを実測し、この協調的スピン揺らぎモデルの実験的検証、および、このモデルにもとづいた新規高温超伝導体の探索を行っていきたいと思っています。

図1: (a) LaFeAsO1−xFxの電子相図。(b) SmFeAsO1−xHxの電子相図。
(c)従来の鉄系超伝導発現モデル。(d)我々が提案している協奏的スピン揺らぎによる鉄系高温超伝導発現モデル
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