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構造・非構造部材の地震時損傷状況に基づく継続使用可否の判断方法
科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 准教授 吉敷 祥一

ご存じの通り、我が国は世界有数の地震発生国であり、ここ数年でも大きな地震が各地で発生しています。地震に抵抗するための建物の耐震設計は、これら過去の地震被害を糧に発展してきたものであり、世界でもトップレベルにあると言われています。しかし、我が国の耐震設計ですら、必ずしも「大地震に遭遇した時に建物を無被害に留めること」を目標に行われているわけではありません。つまり、新築の建物であっても、ひとたび大地震が発生すれば、少なからず損傷が生じる可能性があり、場合によっては避難を余儀なくされる可能性もあるのです。現代社会における建物は住居としての役割だけでなく、社会・経済活動の場としても重要な役割を担っています。既存の建物への耐震補強やこれまで以上に耐震技術を発展させていくことは我々に課せられたミッションの一つではありますが、上述した現行の耐震設計の在り方からすれば、「損傷した建物の機能を如何に早期に復旧させられるか」、あるいは「どの程度の損傷であれば安全に建物を使い続けられるか」も重要な課題であると考えています。

私が取り組んでいる研究テーマは、まず【建物が何かしらの損傷を受けること】を前提として、その損傷の状態を定量化することにより、「建物を使い続けても大丈夫か?」を判定できる方法を構築しようとするものです。これまでに、体育館などに使われるブレース(柱と梁の交点から斜めに取り付けられる部材)を対象に実大実験を行い、地震後に残留しているたわみ量を指標に用いることにより、地震時に経験した揺れ(変形)の大きさを推定できる方法を構築しました(図1)。この成果を応用すれば、ブレースに残留しているたわみ量から、建物を継続使用できるか、あるいは建物から避難すべきかを迅速に判断できることになります。特に体育館は災害時には防災拠点としての役割が期待されているため、避難所を確保する上でも重要な判断基準になるものと考えています。なお、本研究成果は、すでに国土交通省国土技術政策総合研究所 監修「震災建築物の被災度区分判定基準および復旧技術指針(2015年版)」に反映されており、2016年 熊本地震の被害調査において実際に活用されています。

最近では、耐震性能上の重要な構造部材を覆ってしまっている壁や天井といった二次部材にも着目し、その表面に現れる異変から、耐震性能上の重要な損傷の程度を推定できる方法を構築しようと研究を進めています。将来的には、それらをセンサーにより感知して使用可否を自動的に判断できる技術へと展開することも可能です。大地震が起こった時に「この建物は使わない方が良い」と判断するのは確かに安全ですが、一方で人々が求めるのは「この建物は住み続けても大丈夫です」と言ってもらえることです。それらを的確に判断できる基準を構築することにチャレンジし、大地震時にも避難せずに住み続けられる建物を少しでも増やせるよう、今後も研究を進めていきたいと考えています。


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図1