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バイポーラ電気化学に基づく機能性高分子材料の開発
物質理工学院 応用化学系 准教授 稲木 信介

 近年、有機合成や高分子合成において電気や光などの外部エネルギーを利用する手法が脚光を浴びています。例えば、酸化剤や還元剤などの有害かつ危険な試薬の代わりに電気エネルギーを用いて有用な物質を生産する有機電解合成法は、環境調和型プロセスとして注目されています。稲木研究室では、有機電解合成の概念に基づき、導電性高分子材料の電解合成やさらなる電気化学反応による機能化について研究しています。このように、電極表面で進行する電子移動反応を研究する過程で、「バイポーラ電極」という、陽陰極を同時に発現するワイヤレス電極に出会い、そのユニークな特徴に魅了されました。

 バイポーラ電極を利用するバイポーラ電気化学の原理は古くから知られています。特に、直接給電する必要のないバイポーラ電極を積層させることにより有効電極面積を増大させることができるため、工業的にも用いられています。図1に示すように、バイポーラ電気化学システムは従来の電気化学システムと全く異なる特徴をもっており、近年はそのワイヤレス性に留まらず、電極表面の電位分布や電気泳動効果などの特徴が電気化学センサーや無機材料合成などの様々な分野で利用されるようになりました。

 稲木研究室では、バイポーラ電気化学に基づく有機・高分子材料開発に取り組んでおり、その主な成果を図2にまとめています。

 まず、バイポーラ電極表面に生じる電位分布を高分子材料に「転写」することに成功しています。板状のバイポーラ電極を用い、成膜した導電性高分子の電気化学ドーピングを試みた結果、色調変化の面内傾斜を観測し、傾斜エレクトロクロミズムを実現しました。同様に、電位分布を利用した高分子膜の傾斜表面修飾や表面開始重合による傾斜ポリマーブラシの開発など各種傾斜材料の創製に成功しています。この電位分布は電極系の配置により容易に設計可能であり、局所的に電位を印加することも可能です。これにより、ワイヤレスな状態で導電性高分子膜を局所的に分子変換する新規パターニング法も開発しました。

 次に、微粒子や金属線をバイポーラ電極として金属イオンの還元(電解めっき)や芳香族モノマーの酸化(電解重合)を行い、サイト選択的なバイポーラ電極の表面修飾に成功しました。特に、芳香族モノマーとして3,4-エチレンジオキシチオフェン誘導体を用いることにより、相応する導電性高分子がマイクロファイバー状に成長する新奇挙動を見出しました。その後、導電性高分子薄膜を面内成長させる技術へと発展し、有機エレクトロニクス応用を模索しています。

 今後は、バイポーラ電気化学の深化を追求しながら、広い意味でのレドックス(酸化・還元)化学と融合させ、スマート分子変換技術やエネルギー変換、ならびにレドックス系を精密に複合化したスマートシステムの構築などの新しい価値創造を目指します。

図1:バイポーラ電気化学系と従来の電気化学系の比較

図1:バイポーラ電気化学系と従来の電気化学系の比較


図2:バイポーラ電気化学に基づく材料開発の例

図2:バイポーラ電気化学に基づく材料開発の例