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高次構造天然物合成を指向した光照射を契機とする動的立体化学制御法の開発
理学院 化学系 助教 安藤 吉勇

有機合成化学は「ものづくり」の学問であり生命科学や材料科学などのあらゆる分野へ物質を供給する基盤である。薬や香料、プラスチックや液晶など有機合成により供給された物質は、世界を豊かにするための一端を担ってきた。一方、これまで世に供給されてきた化合物は、合成の容易な平面性の高い物質が主流であった。これは、合成が容易であれば迅速に評価が可能であることと、世界中へ供給するための大量合成も簡便であるためである。一方、そのような化合物を用いた分子設計は必然として多様性に限りがあるため、近年では新しい機能を開発することは難しくなってきている。そのため、より高度な機能をもつ物質を開発するためには情報密度の高い三次元的な立体化学を持つ物質の供給が必要とされる。

しかし、現代においても多数の不斉中心や官能基を持つ複雑精緻な化学構造(高次構造)を合成により供給することは困難である。そのため、それらを簡便に合成するための新規合成手法の開発が不可欠である。このとき、高次構造を持つ天然物の合成は、問題克服のための格好の題材となる。我々は合成標的として高次構造天然物を設定し、そこで遭遇する合成化学的問題を解決することによって、新たな合成手法や戦略を開発してきた。

例えば我々は最近、キノンに可視光を照射すると特定の立体配座からのみ反応が進行し、その配座に由来する立体化学の情報を保持した生成物が得られることを見出した。本反応により、これまで困難だった立体化学の制御が可能となり、合成が未到であった天然物、スピロキシンAの世界初の不斉全合成を達成した。さらに、暗所下で酸や塩基の作用によって、光反応とは異なる配座から反応が進行し、立体化学が反転した生成物が得られることを見出した。これにより、スピロキシンAのエナンチオマーの合成も達成することができた。これらの結果は、化合物の配座を選択して反応を進行させたことに相当し、反応条件を変化させることによって化合物の動的立体化学を制御したと見なすことができる。合成した天然物は抗ガン活性を示すことが分かっており、新薬の種となり得る。今後、本合成手法を他の高次構造へと応用し、未解決の合成化学的問題の克服に取り組む。